新型コロナウィルス感染症と福島原発事故

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19

               と福島原発事故

                         

                    ふくしま共同診療所

                      院長 布施幸彦

 

 

 

1. 新型コロナウイルスとは

 

 

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019COVID-19)が全世界で猛威を振るっています。58日現在で、世界の感染者3845,198人(死者269,484人、死亡率7.0%)、日本の感染者15,571人(死者590人、死亡率3.8%)。インフルエンザの死亡率0.1%に比べると格段に危険です。

 

人に感染するコロナウイルスは、これまで6種類見つかっており、このうち、4種類のウイルスは、一般の風邪の原因の1015%(流行期は35%)を占め、多くは軽症です。残りの2種類のウイルスは、2002年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS8069人が感染し775人死亡:致死率9.6%)と2012年以降発生した中東呼吸器症候群(MERS2494人が感染し858人死亡:致死率34.4%)です。今回の新型コロナは、2019年に発見された7番目のコロナウイルスとなります。このウイルスは、SARSの遺伝子と相同性が高く(約80%程度)、コウモリがこのウイルスの起源であると考えられています。感染の仕方は、飛沫感染と接触感染とされています。しかし空気感染もする可能性はあります。潜伏期間は114日で平均5.8日と報告されています。

 

 あくまでも現段階における傾向ですが、この予想通り、世界各地でCOVID-19感染が確認され症状のある人の約8割が軽症、残り2割が重症、重篤となっており、重症者の大半は高齢者や基礎疾患者です。また感染者の9割が肺炎と診断されているのも特徴です。入院時の発熱は50%以下という報告もあり、体温だけではスクリーニングできないことも明らかになってきています。肺炎のチェックとして、体温測定とSpO2(血中酸素飽和度)のチェックが有効であることもわかっています。しかし、細かい症例はまだまだわからないことが多く、感染率の高さと共に、やっかいなウイルスであることは間違いありません。

 

 

 

2. 人類は古代から感染症と闘ってきた

 

 

 人類の歴史は感染症との闘いの歴史でした。

 

1918年から20年まで足掛け3年、2回の「ぶり返し」を経て、少なくとも4千万人の命を奪ったスペイン風邪のときも、当初は通常のインフルエンザだと皆が楽観していました。アメリカに端を発して、第1次世界大戦中のヨーロッパを中心に世界中に広がり、2千万〜4千万人が死亡したといわれます。日本では1918年秋から本格的に流行し始め、同年末と1920年初頭の2回のピークがありました。内務省衛生局の調べで、国民の4割の2300万人が感染し、39万人が死亡したとされていましたが、最近の研究では、死者はもっと多く、45万〜48万人といわれています。1922年に刊行された内務省衛生局編『流行性感冒』には、貧困地区は医療が薄く、事態が深刻化しやすかったことが記してあります。第1次世界大戦のさなか、軍紀に逆らえぬ兵士たちは次々に未知の感染症にかかり、ウイルスを交戦各地に運び、多くの者が死に至りました。

 

感染症は70%の人が感染し、免疫を獲得して収束していくことが分かっています。多くの政治家や経済人が見て見ぬふりをするのですが、感染拡大がおさまった時点で終わりではなく、パンデミックでいっそう生命の危機にさらされている社会的弱者は、災厄の終息後も生活の闘いが続きます。第1次世界大戦後の飢餓や疫病による死者の数は戦争中よりも多かったのです。日本も20世紀100年間の死因順位の推移を見ると1950年までの半世紀は、肺炎・気管支炎、全結核、胃腸炎が常に死因上位に名を連ねていて、感染症の時代であったことがわかります。抗生物質の発見・進歩により感染症による脅威はなくなったかのように思われていましたが、新型コロナウイルスの登場で、感染症の時代は終わっていないことがつきつけられました。人類はウイルスを完全には克服できていません。B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、エイズ(HIVウイルス)、SARSMERS、これらに対するワクチンや特効薬は現在もありません。世界保健機構(WHO)によると、今まで7500万人がHIVウイルスに感染し、3200万人が亡くなっています。COVID-19に対するワクチンや特効薬が出来る保証はどこにもありません。現在、レムデシビルが特例承認を受け、アビガンも特例承認待ちとなっていますが、どこまで有効性があるかは、まだ不明と言えます。

 

 

 

3. 新型コロナ感染症は予見されていた

 

 

 2018510日、米国ジョンズ・ホプキンス大学の公衆衛生大学院、健康安全保障センターが、『パンデミック病原体の諸特徴』と題する報告書(以下『パンデミック報告書』)を発表しました。この報告書の中で「地球規模の破滅的な生物学的リスク(GCBRGlobal Catastrophic Biological Risk)」という新しい概念を提示して、ウイルス、細菌などの病原体が近い将来、人間社会に破滅的な影響を及ぼす可能性を予見し、警告していました。GCBRを引き起こす病原体の特徴として、高い感染力、低い致死率、呼吸器系疾患を引き起こすなど、7つの特徴を列挙しています。これらの特徴は、ほとんど、新型コロナウイルスの特徴と一致します。『パンデミック報告書』は、陽性ながら無自覚・無症状のまま日常生活を送り、周囲を感染させてゆく「ステルス・キラー」の対策と、その主な被害者になる高齢者と基礎疾患者への対策が、今後、非常に重要になるということを指摘していました。

 

 

4. 世界の新型コロナ禍の現状(5/8現在)

 

いくつかの国について新型コロナ禍の現状を見てみましょう。

 

 アメリカ:感染者1257,023人・死者75,670人・

                  死亡率6.0

 

中国:     感染者83,975人・死者4,637人・死亡率5.5

 

韓国:     感染者1822人・死者256人・死亡率2.3

 

台湾:     感染者440人・死者6人・死亡率1.3

 

イタリア:感染者215,858人・死者29,958人・

                 死亡率13.8

 

ドイツ:感染者169,430人・死者7,392人・死亡率4.3

 

日本:感染者15,571人・死者577人・死亡率3.7

 

 

 
(単位:人)死者数は8日現在。米ジョンズ・ホプキンズ大の集計から。人口比は小数点以下第2位を四捨五入。

 

死亡率は感染者数をもとに割り出しているので検査実施数によって大きく左右されてしまいます。単純に人口比で死者数を比べてみたものが上の表です。東アジアの死者数が少ないことがわかります。感染者数も欧米に比べて少ない傾向にあることは確かです。これは生活文化の違い(日常的なハグやキスの習慣があるか、家では靴を脱ぐか、マスクをつける習慣があるか、など)の影響などとも言われていますが、今のところ明確な論拠はありません。

 

ただし、ひとつのそして大きな要因として医療格差があることは指摘できます。同じ欧州でもイタリアとドイツでは死亡率に大きな開きがあります。イタリアはドイツの3.2倍の死亡率です。単純人口比の死者数では実に5.6倍にもなります。この違いは新型コロナ対策と医療制度によるものです。ドイツは、①パンデミックを想定して準備し、新型コロナ発生後すぐに対策を開始し、②PCR検査を拡大し、③接触者を含めた徹底した隔離と外出制限を行いました。イタリアの死亡率が高い理由は、明らかに医療制度の脆弱性のためです。かつてイタリアは、公的医療制度の普及度において、イギリスに次いでEU2位の位置にありました。しかし、2007年~2008年の世界金融恐慌の影響で24千億ユーロを超える公的債務を抱えました。欧州銀行が国債を買い取る形で救済されましたが、EUから厳しい財政規律を課され、医療費が大幅に削減されました。1人当たりの医療費はそれまでの1/4に減らされ、758病院が閉鎖され、病床数は激減しました。早期退職と給与削減のため医師不足も引き起こしました。重症者を治療するICU(集中治療室)のベッド数をドイツとイタリアで比べると、人口10万人当たりドイツ2930床に対して、イタリアは12床と1/3しかありません。人工呼吸器の数も足りないために、今回の重症者のうち70歳以上の患者には使用されなかったとも言われています。

 

 

 

5. 階級が生死を決める

 

 

同じ国の中でも医療格差はあります。アメリカの感染者数は世界の1/3を占めています。医療先進国アメリカでは階級が生死を分けています。皆保険制度のないアメリカは無保険者が約7000万人(内、不法移民2000万人)います。この人たちは、新型コロナに感染しても医療費が高額なため受診することさえ出来ません。路上生活者などの多くは受診しないまま死亡しているため、コロナ感染死とカウントされていません。死亡者をアメリカの地図に点打ちすると貧困地域に重なります。新型コロナが単に自然災害ではなく、貧困と格差、階級の問題であることを示しています。患者の多くは、黒人かヒスパニック系です。医療サービスが貧弱な地域に黒人が住むケースが多く、黒人に感染が急拡大しています。

 

今後、ブラジルをはじめ南米大陸、そしてアフリカ大陸など途上国・後進国での爆発的な感染がおこる懸念も指摘されており、すでにその端緒が始まっています。

 

 

 

※アメリカで死亡した労働者のうち、黒人労働者の比率が高いことが報道されています。

 

CNNのまとめ>

 

新型コロナウイルス感染症患者に占める黒人患者の比率

 

ミシガン州40%(州人口に占める黒人の比率14%)、ルイジアナ州70%(同32%)、シカゴ72%(同32%)

 

<ワシントンポスト>

 

黒人が多数を占める郡は白人が多数を占める郡に比べて、感染率3倍・死亡率6倍。普段から医療が十分ではなく、貧困が原因となる糖尿病(ファーストフードへの依存)や心臓病、喘息などの基礎疾患を持っている割合が高い。黒人やマイノリティは、地下鉄やバス運転手、ゴミ収集やビル管理など社会を支え、「生活に必要不可欠であるにも関わらず低賃金の職業」に就いている割合が高い。こうした職業は「在宅勤務」は不可能だ。ニューヨークの医師は「患者は圧倒的に黒人かヒスパニック系が目立つ。医療サービスが貧弱な地域に黒人が住むケースが多く、黒人に感染が急拡大するのは当然だ」と話す。

 

 

BBCニュース>

 

アメリカでは料金未払いの世帯は、水道を止められてしまう。そのため、手洗いの重要性が強調されているこの時期に、多くのアメリカ人が水道を使えなくなっている。デトロイトのアキヴァ・デュアーさんは言う「もう半年くらい水がない状態です」と。「今までは、みんな毎日仕事に行くし、子どもは学校に行っています。家以外でトイレを使い、水を飲み、手を洗うことができました」「いまは『屋内退避』しているので、そういう人たちは水道のない家に閉じこもっています。外出してトイレを使うこともできなくなり、ごみ箱に汚物を捨てなくてはなりません」。アメリカでは、水道が使えなくなる世帯は年間推定1500万軒にも上り、全国的な現象といえる。それでもデトロイトは、軒数が特に多い。「水道を止められる比率が最も高いのが黒人の女性と赤ちゃんがいる有色人種の女性」

 

現在ニューヨーク市保健局が毎日更新する感染地図は、テレワーク可能な人の職場が集中するマンハッタンの感染率が激減する一方で、在宅勤務不可能な人びとが多く住む地区の感染率が増加していることを示している。これが意味するのは、在宅勤務が可能な仕事は、「弱者」の低賃金労働に支えられることによってしか成立しないという厳粛な事実だ。

 

 

 

6. 日本の感染症病床の現状と病床削減計画

 

 

イタリア政府は、今回の医療崩壊に際して、人員整理で解雇されていた医療関係の労働者や退職者ら2000人を緊急に動員し、医学生も資格試験を免除して現場にかり出しました。じつは、日本もイタリアの二の舞になる可能性があります。いま現在すでに、ICUは人口10万人あたり5床とイタリアの1/2以下、ドイツの1/6です。ベッドが少ないだけでなく、日本の集中治療の体制は欧米より脆弱です。先進国では患者1人に看護師1人の施設も多いですが、日本では、看護師1人が患者2人をみている現状です。新型コロナの重症者には看護師2人で対応する必要があり、重い肺炎の患者に必要な人工呼吸器を使える医師も少ないと指摘されています。国内のICUは推定約6500床あるのですが、別の病気や手術後に回復を待つ患者などに使われる分を差し引くと、現状では新型コロナの重症者に対応できるのは「1千床にも満たない可能性がある」と日本集中治療医学会が41日に声明を出しました。

 

この20年間で感染症病床は大幅に削減され、1998年に9060床あった病床は現在1869床まで減らされています。感染症指定医療機関において、医師や病床数の不足や、院内感染対策の不十分さが相次いで判明し、計画通りに患者を受け入れられない施設は、44機関の内、10機関(約23%)にも上ります。さらに感染症対策が十分でないのが民間病院です。お金をかけて感染症患者の設備や病床を整えても、普段は使うことは少なく重荷となるので、高い診療報酬が見込める生活習慣病の患者を重視し、感染症病床を作らないのです。

 

医師も足りません。日本の医師数は人口1千人当たり2.43人で、経済協力開発機構(OECD)加盟国の29カ国中26位。医師の総数で見ても、加盟国の平均約44万人に対し約32万人。政府が1982年に「2007年頃に医師が過剰になる」として、医師数の抑制を行ってきた結果です。今も政府は、「2022年には医師は充足する見通し」として、医師を増やそうとはしていません。しかし、勤務医の4割に相当する8万人が、過労死ラインの月平均80時間を超える時間外労働を強いられ、年間勤務日数も35%が300日以上で、1カ月当たり5日の休みを取るのがやっとというのが現状です。医師が過労死するケースも後を絶ちません。感染症の専門医も足りません。日本感染症学会によると、300床以上ある約1500病院だけでも常勤の感染症専門医が約3千人は必要なのに、半分程度しか確保できていません。同学会は専門医の育成を訴えてきましたが、09年の新型インフルエンザの流行などがあったにもかかわらず、国の対応は遅れています。

 

保健所の削減も大きな問題です。保健所はPCR検査の必要性を決める新型コロナ対策の要ですが、1992年の852カ所から2019年には472カ所とほぼ半減されました。以前は医師が所長となり、行政権も有していた保健所制度が、医師のいない保険センターに次々と格下げ・統合され、職員の大幅削減が行われました。現在の保健所は保健師1人当たり1万人以上の住民に対応しなければならない程の人手不足で、現実的には対応不能となっています。新型コロナウイルスのPCR検査を担っている衛生研究所の職員数も減らされてきました。国立感染症研究所の研究費は2009年度61億円でしたが、2018年度41億円に削減され、研究者も2009年の322人から307人に減らされています。

 

21世紀になっても感染症との闘いは終わってはいません。MERSSARS、新型インフルエンザなどのように様々な感染症が突然発生します。そのため感染症病床は、普段は稼働率が低くてもいざという場合に運用できるようなシステムが必要です。にもかかわらず、病床を削減し、医師数を抑制し、保健所や衛生研究所の機能を弱めたために、新型コロナに対応出来なくなったのです。

 

信じられないことに、現在のこの状況下で、政府は更なるベッド削減を目論んでいます。感染症病床全体の9割以上を担っている公立・公的病院のうち440の統廃合を進め5年後までに病床を20万床減らすための具体化を厚労省が本年34日に指示しました。政府は病床を1割以上減らす病院に補助金を出すとしています。そのための予算は今年度の総額が84億円、21年度からは消費税で賄うとしています。

 

 「命ファースト」と言っている小池知事の東京都も、本年331日に、都立病院の独法化方針の決定を公表しました。コロナ感染拡大で東京都内の感染症病床がパンク寸前(感染症病床500床のところ、現在患者数395床)のなか、およそありえないことが行なわれているのです。

 

 

 

7.新型コロナに対する安倍政権の対応

 

 

政府は、日本で最初に感染者が見つかってから、中国からのウイルス侵入を防ぐために、空港や港などで水際作戦を行いました。しかしクルーズ船で多数の感染者が発生し、更にクルーズ船とは無関係の感染者が日本各地で発生しました。感染が日本各地へ拡大したため、安倍首相は「全国の小中高の休校及びイベント自粛」を要請します。新型インフルエンザ特措法を改定しますが、東京オリンピックの1年延期が決まってから、全国に緊急事態を宣言しました。住民の命よりも「経済」と「復興オリンピック」開催にこだわり、2か月以上にわたって新型コロナ対策を行わず放置したのです。検査を広く行なうと、感染が爆発的に拡大している事実が明らかになり、「東京オリンピックをやっている場合か」という声が大きくなるのを恐れ、検査をせずに感染が拡大するにまかせたのです。

 

その一方で、自民党の伊吹文明元衆院議長は、130日の二階派会合で、新型コロナの感染拡大について「緊急事態の一つの例。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」と発言しました。自民党がまとめた改憲四項目の一つである緊急事態条項の導入を念頭に置いたものです。同条項は、大規模災害時に内閣に権限を集中させ、国民の権利の制限を認める内容です。47日、新型コロナ特措法の「緊急事態宣言」について報告する衆院議院運営委員会で、安倍首相は「感染症への対応を踏まえつつ、憲法審査会で活発な議論を期待したい」と発言し、53日には「憲法フォーラム」に、緊急事態条項について「国会の憲法審査会で議論を進めるべきだ」とビデオメッセージをよせています。こうした、安倍首相のコロナ「緊急事態宣言」を「緊急事態条項」導入へのステップにしたいという「火事場泥棒」的な動きは、「王侯貴族か!」と非難されたSNS動画投稿や「アベノマスク」などの無為無策にあきれる国民にソッポを向かれているのが現状です。しかし、新型コロナが終息した後、「パンデミックに対応するために」と強権国家を求める世論が高まる可能性はあります。それは恐るべき監視国家・監視社会への道でもあります。

 

現在の感染症法は19994月に施行され、2006年に改正されました。それまでの伝染病予防法・結核予防法・エイズ予防法は感染症法に統合されました。感染症対策の基本的考え方が治安問題にあることは、旧伝染病予防法の時代と変わっていません。1897年に制定された伝染病予防法の目的は、感染症から国民の健康を守ることではなく、病気への恐怖が社会不安を呼び起こし、当時のヨーロッパでの労働運動や民衆の闘いが波及することを恐れた国家による治安立法の側面がはるかに大きなものでした。感染症対策は内務省衛生局と府県の警察部が管轄し、強制隔離・強制入院、患者宅への交通路の強制遮断など強権が発動されました。伝染病予防法が感染症法へと変わっても、その発想はいまも変わっていません。感染症を憲法改悪に結びつける動きにはつねに警戒が必要です。

 

 

 

8. 新型コロナと福島原発事故

 

 

 福島県も緊急事態宣言下にあり、新型コロナ感染者は80人を超えました。新型コロナ情勢が福島原発事故をめぐって及ぼしている影響などについて何点か触れておきたいと思います。

 

一つ目は、原発事故直後と現在の国の対応の類似性です。2点挙げます。

 

1点目は2012826日付の毎日新聞での福島県立医大副学長・山下俊一氏のインタビュー発言です。

 

「小さながんも見つかるだろうが、甲状腺がんは通常でも一定の頻度で発症する。結論の方向性が出るのは10年以上後になる。県民と我々が対立関係になってはいけない。日本という国が崩壊しないよう導きたい。チェルノブイリ事故後、ウクライナでは健康影響を巡る訴訟が多発し、補償費用が国家予算を圧迫した。そうなった時の最終的な被害者は国民だ」

 

この対応は、安倍首相が、ギリギリまでオリンピック開催にこだわって被害を拡大したあげく、まともな補償もなしに国民に「外出の自粛と休業」を要請したことと重なります。安倍首相は、大企業と東京オリンピックだけ守れればいいと、国民に犠牲を転嫁しました。山下氏は国家を守るために、放射能汚染による健康被害を否定しました。

 

2点目は、今年の3.11反原発福島行動‘20での福島診療所建設委員会代表の佐藤幸子さんの発言からです。長くなりますが以下引用します。

 

3.11福島原発事故が起きて県内に高い放射能が飛散しました。私たち福島の母親は放射能から子どもたちを守るために毎日苦闘しました。福島市内の校庭の土の放射能汚染は43μSv/時と高かったため、4月からの学校再開をしないように県に要望書を提出しました。しかし通常通り学校が再開され、更には文科省から419日に『年間20mSv3.8μSv/時)が学校再開の基準』という通達が出ました。421日に文科省と交渉しました。対応した文科省の役人も厚労省や原子力規制委員会の職員も年間20mSvの基準の理由を全く答えられませんでした。52日に二度目の交渉が行われましたが、そこで文科省の渡辺氏から20mSv基準の経過が明らかにされました。4191515分に5人の内の4人が集まって45分の会議で決定したと。その議事録を見せるように要求しましたが、『議事録はありません』と拒否されました。523日に三度目の文科省交渉を行いました。この時は小雨の降る中で、文科省の外で行われました。全員が雨に濡れながら交渉しました。渡辺氏は『20mSvは基準ではありません』とはっきり発言しました。527日に高木文科省大臣が『学校等子どもたちが集まるところは1mSvを目指す』と発言し、それで国がお金を出して除染をすることがようやく始まりました。それまでは国は除染もせずに放射能のモニタリングなどの検査ばかりしていました。そんなこといつまでやっているのだ、子どもたちをすぐに避難させなければならないのではないか、といくら言っても『まずはモニタリング』と言って国は被曝から子どもたちを守ろうとしなかった。その結果、子どもたちはどれだけ被曝したか分らない。今回の新型コロナウイルスで、227日に安倍首相が『子どもたちを守るために全国の学校を臨時休校する』と発表したニュースをみてビックリした。国はやればできるのではないか。なぜ9年前に子どもたちを守るためにその言葉を言ってくれなかったのか。子どもたちを被曝から守るために、春休み・夏休みを前倒しして休ませる、となぜ言ってくれなかったか。汚染されていないところに子どもたちを避難させる、となぜ言ってくれなかったか。すべて国の責任で費用を出して避難させることが出来たのではないか。ウイルスと放射能、本当に似ています。見えない・匂いもしない・感じることもできない・味もない、全く同じだと思いました。あれから9年経ちましたが、あの時のことは絶対忘れられない」

 

114日に国内最初の感染者が発見されてから2か月以上、新型コロナ対策は放棄されてきました。唯一行われたのは「学校の休校」と「外出の自粛要請」だけです。それは、安倍首相と小池都知事が724日開催予定の東京オリンピックに最後までこだわったからです。感染症対策を本格化すれば、オリンピックは中止とならざるをえません。324日にオリンピックの1年延期が決定してから、やっと新型コロナ対策がはじまりました。子どもたちや住民の命と生活を守ることより、オリンピック開催が大事だったのです。

 

2011年も放射能汚染から子どもや住民を守ることを放棄し、国家を守ろうとしました。今もあのときも国のやったことは、住民の命と生活を守ることより、オリンピックと国家を守ることだったのです。

 

二つ目は情報統制についてです。東電が福島原発事故に関して新型コロナを利用して情報統制を始めたという記事です。東洋経済の岡田広行氏の記事から要旨を引用します。

 

「東京電力は、毎週月曜日に開催してきた福島第一原発事故に関する本社での定例記者会見を49日から当面取りやめた。東電の今回の対応は、リアルタイムで直接的な取材を経たうえでの報道を難しくする。今までは定例記者会見で東電のトラブルや不祥事が、質疑を通じて初めて明らかにされるケースがしばしば見られた。例えば、高濃度の放射性物質を含んだ水が港湾外の海洋に流出し続けていた事実があるが、これは東電が排水路内の水に含まれる放射性物質の量を測定していながら、その数値を開示していなかったケースだ。数値が明らかにされたのは、フリージャーナリスト・おしどりマコ氏が、定例記者会見で質問したことがきっかけだった。そして、この質問を受けて東電が2015年初頭にデータを開示するまでに、実に2年余りの歳月がかかっている。おしどりマコ氏の質問に東電がすみやかに回答していたならば、東京五輪に対する海外のイメージも変わっていたかもしれない。というのも、東電が回答を遅らせている間に、安倍晋三首相は東京五輪を誘致するため、『放射性物質は原発の港湾内にコントロールされている』などと、世界に向けて間違った事実を説明した。安倍首相の説明に誤りがあったことは五輪誘致決定後に判明した。こうした不都合な真実は、リアルタイムでのやり取りがあってこそ明るみに出ることが少なくはない。報道体制縮小の影響はすでに現れている。緊急事態宣言直前の46日には1時間22分をかけたのに対し、49日の会見はわずか12分で終了。東京の本社会場が閉鎖されて記者の参加ができなかったため、この日の質問は福島会場からのわずか2問のみで終了した」

 

また現在、福島原発事故処理をめぐる最大の問題と言ってもいいものに放射能汚染水の処理をどうするかという問題があります。政府は、汚染水タンクの敷地が一杯になりつつあるので、今年の夏までに汚染水の処理方法を決定したいとしています。この間、「公聴会」は開かれず、自治体の長や関係団体の「意見を聞く会」のみが、コロナ情勢を理由に傍聴者も入れず、意見表明も一人づつ入れ替わりで会場に入る形で行なわれ、お互いの意見の中身もわからないまま進められているありさまです。スケジュールありきで、住民の検証を受けることもなく、漁協や森林組合、自治体はじめ多くの県民の「海洋放出反対」の声を踏みにじって今夏にも決定が下されるおそれがあります。

 

そして、情報統制は東電だけではありません。福島県県民健康調査検討委員会も開催されるかどうかわからない状況です。前回は2月に開催されたので、通常だと次回は5月開催の予定ですが、今の状況では開催はありえません。たとえ集会場などの「休業要請」が解除されたとしても、「50人以上の会合」などは自粛要請が継続される模様であり、会議を開催する場合は、傍聴者を入れないことが十分に想定できます。記者会見が行われない可能性すらあります。そうなれば、福島医大などの報告はじめ資料の矛盾点や疑問点を追及する場が実質的にはなくなり、小児甲状腺がんの実数や放射能の影響の有無など重要な問題が藪の中という事態になってしまうことも大いにありえます。

 

三つ目は、上記の問題とも密接にかかわることですが、学校での甲状腺検査が出来ない問題です。これまで学校で行われていた甲状腺エコー検査は、3月からの休校の関係で、学校再開となっても、授業時間を確保するためと称して、学校では行わなくなる可能性が高いと言えます。もしも別の施設での実施となれば、文字通りの「自主参加」となり、検査を受ける人が減って、現行の甲状腺検査の体制が実質的には崩壊することになります。

 

四つ目に、すでに深刻化している問題ですが、福島の子どもたちの「保養」が困難になっています。福島の子どもを招く保養が、「3密」に該当するため、保養主催者が断念に追い込まれる事態となっていて、春休み保養はほとんどのものが行われませんでした。夏休みの計画も立たない団体がほとんどです。放射能同様、コロナという見えない敵を前に、「福島の子どもはリスクが倍になった思いだ」と途方に暮れるお母さんたちのため息も増えています。

 

五つ目に、保養の中止と同じように、福島の現状や健康被害の実態などを全国の人たちに知ってもらうための報告会や集会が、緊急事態宣言のために出来なくなっています。これまで、ふくしま共同診療所を含め多くの人たちが、小児甲状腺がんの現状や自力避難者の苦悩、福島の実情などを全国で訴え続けてきました。それが出来ない今、福島の声がこのまま圧殺されてしまうのではないかという危機感を多くの人たちがいだいています。

 

六つ目に、原発関連労働者の新型コロナ感染や解雇、さらには作業員の被曝の増大の問題があります。福島県で働く除染労働者も新型コロナの影響で現場が閉鎖になり、仕事が無くなることが起きています。特にいわき市や南相馬市では新型コロナ感染者が多発したため、2週間仕事がないということも起こっています。東京電力では420日までに、子会社の役員や社員など8人の感染が確認されました。48日に「県内29例目の感染者」として発表された「南相馬市の30代男性」は、浪江町内の環境省直轄除染工区で放射線測定業務に従事していた労働者でした。感染者が出たためにその現場は休工となりました。大手が受注している現場では、東京から来た監督官が新型コロナに感染していたため、工事がストップしたところもあったといいます。作業員の中に感染者が拡がり始め、作業の中断などで解雇される労働者も出始めています。

 

また東電は、緊急事態宣言の対象が全国に拡大されたことに関連し、福島第一原発の事故収束作業について、体制を縮小する方向で調整しているといいます。はたしてそれで事故収束現場の安全は保てるのかという問題と作業員の健康問題というどちらもないがしろにできない悩ましい事態となっています。さらに、コロナ情勢の影響で作業員の防護服が欠乏しており、普通の雨がっぱを支給されたり、防護服を着用させない作業エリアが拡大されるなど、作業員の被曝の危険が高まっていることが心配です。福島原発事故収束の作業員の確保は人類全体にとっての死活問題です。万が一にも集団感染によって作業員がいなくなるなどという事態を招いてはなりません。ですから、全国の原発労働者の感染の可能性を極力減らすためにも、全国の再稼働中の原発をただちに休止すべきです。

 

七つ目として、そうした状況にもかかわらず、原発の再稼働推進への動きが強まるおそれがあることに危機感を持たねばなりません。Global Energy Policy Researchで元メーカー勤務・元原子力安全委員会技術参与の若杉和彦氏が「新型コロナによる経済破綻からの回復に原子力は必要」と述べています。今後、政財界はじめ原子力ムラの住人たちが、新型コロナによる大不況を理由に、原発再稼働を求める大合唱をはじめる可能性が極めて高いと思います。女川原発、柏崎刈羽原発の審査合格がそれを後押しするものとなります。「福島原発事故は終わってない」「原発こそ不要不急だ」という声を大きくしていかなくてはなりません。

 

 

 

9. 「新型コロナ対策は2022年まで断続的に続く」

 

 

 414日、米ハーバード大学の科学者らが、新型コロナウイルスの流行は一度きりのロックダウン(都市封鎖)では終わらず、医療崩壊を防ぐにはソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)期間が2022年まで断続的に必要になるとの予測を発表しました。

 

近縁種である他のコロナウイルスから推測すると、感染した人は免疫を獲得し、その持続期間は最長で1年前後と考えるのが現時点では最も妥当だといいます。また同様の風邪症状を引き起こす他のコロナウイルスに感染していれば、新型コロナウイルスに対する交叉(こうさ)免疫ができている可能性もあります。

 

ほぼ確実なことは、ウイルスは消え去らないということです。2002年から03年にかけて流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)でそうだったように、免疫を獲得できたとしても、流行の第一波の後に新型コロナウイルスが死滅するまで、長期にわたって免疫の強度が持続する可能性は極めて低いと研究チームは指摘しています。以前感染したことがあるかどうかを判定する抗体検査キットは市販されたばかりですが、免疫に関する重要な疑問に答える鍵を握っていると研究チームは期待しつつも、それでも最終兵器はワクチンだと述べています。

 

 

 

10. 新型コロナと世界の労働者の闘い

 

 

長期戦を覚悟しなければならないということです。

 

イタリアでは、全国に外出禁止令が出ていまが、工場・商業センター・官庁・交通拠点など全産業で操業続行方針が出ています。それに対して独立系諸労組は、「民営化政策が医療制度を崩壊させ、新型コロナへの対応不能を作り出した」と、「業務中止・賃金全額補償・社会保障措置・感染危険対処措置」を要求し、「この未曾有の危機を打開できるのは、政府や資本家ではなく、現場で医療に従事する労働者であり、闘う労働組合だ」「今こそ民営化された医療設備を公共の利益のために戻すべき時だ」と主張して闘っています。フランスの医療労働者は、予算や人員、病床の削減に対して、「公共医療サービスは大砲ではなく予算削減によって破壊されている」「私たちは愛国心からではなく、人道によって治療する」と1年前からストライキで闘ってきました。アメリカではUTLA(ロスアンゼルス統一教組)、ILWU(国際港湾倉庫労働組合)、NNU(全米看護師連盟)が「ホームレスや非合法滞在者を含めたすべての人に無償のウイルス検査と医療処置を」と訴えています。NNUは「アメリカの医療制度は崩壊している」「利潤よりも個人用防護具を」「私たちはヒーローでもないし、政府の無策や資本家の強欲さのせいで、職場で殺されるために働いているのでもない。薬品や医療機器の製造から病院や診療所の運営のすべてが、億万長者や企業の利益のためではなく、地域のために公的に行われなければならない。利潤ではなく患者を優先し、すべての人々にきちんとした医療を」と訴えています。韓国の民主労総は「財閥の金庫を開け」と訴え、中国の労働者も「空母より病院を」と訴えています。

 

 

 

11. 新型コロナ後の世界-希望の扉を開けよう

 

 

 日本は安倍首相の2か月以上に及ぶ無為無策のために医療崩壊の瀬戸際にいます。医療労働者の命がけの踏ん張りと、補償なき自粛要請に対して自分と家族、仲間、社会を守るために忍耐強く闘う多くの人々がギリギリのところで崩壊を食い止めています。新型コロナとの長い闘いは始まったばかりです。これから、私たちは、生活様式も活動の在り方も、あらゆるものを今までとは違うものに変えていかなくてはなりません。

 

新型コロナ後の世界は、経済や価値観も含めて全く違う世界となります。私を含め多くの日本の人々が、3.11以前と以後とでは全く違う日本になったと感じたように。しかもそれをはるかに超える規模で、日本だけでなく全世界でそれは起こります。リーマンショックをはるかに超え、1930年代と同じように、全世界が大恐慌から長期の不況に入り、大失業の嵐がふきあれるでしょう。100年前のスペイン風邪のあと、大恐慌をへて世界は第2次世界大戦への道を歩みました。今回はどのような道を選択するのでしょうか。はっきりしていることは、ソーシャルディスタンスを取りながらだろうが、マスクをしながらだろうが、やはり声をあげ続けなければならないということです、いままで以上に。

 

新型コロナはパンドラの箱です。だから希望もあります。それは、新自由主義や圧政に抗して、感染者や労働者の命と生活を守るために新型コロナ禍と闘っている日本も含めた全世界の人々です。この存在が未来を決めます。彼ら彼女らを信じて、共に未来を切り開きましょう。

2020年5月15日

院 長 挨 拶

 

 2014年11月より松江前院長からバトンを引き継ぎ、ふくしま共同診療所の院長をつとめることとなりました。

 

 私は、ふくしま共同診療所開院当初より、週末の担当医師として、福島に通い続けながら2014年3月まで群馬県館林市にある館林厚生病院副院長として、主に内科・循環器医療に携わってきました。

 

 政府による東日本大震災と原発事故災害への対応は、いまだに十分なものではなく多くの方が不安を抱え、6年目を迎える現在も住まいを失い不自由な仮設住宅での避難生活を強いられている方もおられます。

 原発事故による子どもの甲状腺がんや白血病がとりわけ心配されますし、心臓、呼吸器、消化器など生活習慣の変化による様々な疾患の発生も予想されます。持病の悪化や新たな病気の発生など健康を脅かす要因は数多いと思われます。

 

 当院は、震災や原発事故により予想される健康被害に真正面から取り組むべく、国内、国外から寄せられた募金によって設立されました。子どもからお年寄りまでのあらゆる方々の全身の健康をチェックし、「健康と命を守る」ために一身を賭して取り組んでまいります。

 

ふくしま共同診療所院長 布施 幸彦

 

院 長 プ ロ フ ィ ー ル

院長プロフィール


 1980年

  杏林大学医学部卒業

 1981年

  群馬大学附属病院第2内科研修医

 1982年

  国立高崎病院内科医

 1986年

  館林厚生病院内科医長

 2007年

  同病院副院長 

 2011年

  ふくしま共同診療所開院当初よりボランティアとして診療に従事

 2014年3月

  館林厚生病院を退職、当院の常勤医となる

 2014年11月

  ふくしま共同診療所院長